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現在のケース展示

「昭和100年」連続ケース展示③ 小野田少尉を探せ! ジャングルでの救出活動の記録

展示ケース

現在のケース展示

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資料1 ルバング雑記No.1
資料2 ルバング雑記No.4
資料3 第3次小野田少尉救出活動参加報告書
写真 帰国時の小野田寛郎さん(右)と大橋正雄知事(左) (『内畑弘氏旧蔵資料』)
地図 フィリピン・ルバング島 (国土地理院ウェブサイトを加工して作成)


 太平洋戦争後、各地にいた日本の人々の多くが帰国しました。しかし現在の海南市出身で日本兵として従軍していた小野田寛郎さんは、戦後29年間、フィリピンルバング島のジャングルに潜み続けていました。昭和47年(1972)、フィリピン警察が小野田さんを目撃したことから、日本とフィリピン共同の捜索活動が始まりました。
 本展示では、小野田さんの捜索活動を記録した『第3次小野田少尉救出活動参加報告書等』をご紹介します。この資料は、昭和48年(1973)に海南市職員であった岩瀬匠さんが作成した記録です。
 資料1・2は、岩瀬さんがルバング島に滞在した約2カ月間の記録です。資料2には、4月11日の活動が記されています。14時30分に「滝渕連続する処でオノダ父の呼かけを聞く」と記され、小野田さんの父が、呼びかけを行っていることがわかります。
 資料3は、岩瀬さんが帰国後、海南市に提出した救出活動参加の報告書です。文中には、「彼の警戒心を解きほぐし、学友や戦友の元に自発的に接近させるよう根気よく呼びかける作戦を主体とし」と記されており、資料2の父の呼びかけもこの作戦の一環だったと考えられます。結局、第三次の活動で小野田さんは救出されませんでしたが、翌年、無事に日本へ帰国しました(写真)。
 「授業で使える和歌山の資料」では、この展示と関連して解説シート「戦後日本とフィリピン」を公開しています。あわせてご覧ください。

文責:寺前 駿


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